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「素(す)」の人は、他者評価ではなく自分軸。『素のコミュニケーション術』

ワタナベ薫さんの『素のコミュニケーション術』を読みました

素のコミュニケーション

もしその趣味を私が持っていたとしたら絶対他人には隠したくなるだろうな……という変わった趣味を持っている友人がいます。

(具体的にそれが何かはここでは触れないことにします。名前は出してないとはいえ本人の許可取っていないので)

でも友人は、その趣味を持っていることをまったく恥ずかしいと思うことなく他人に話しています。
ドン引きされることもあるそうですが、本人はまったく気にしていない様子。
それがすごいなぁと思うんですよ。私はそれがなかなかできない。特にそんな変わった趣味だとなおさら。

 

それが好きで何が悪い!

ほんとにすごいと思って「その趣味を人に言うことに抵抗ないん?」と聞いたことがあります。

友人「え?全然抵抗ないで? ○○(←その趣味)最高やん」
私「そんな趣味の人ほかに聞いたことないわ。ドン引きされても何も思わんの?」
友人「うーん…別に……笑」
私「昔からそうやんな。そういうとこすごいと思うわー」
友人「あ、でも○○(←また別の趣味)を人に言うのはちょっと恥ずかしいわ」
私「え、それこそ人に言っても恥ずかしくないと思うで!? そっちの趣味のほうが市民権得てるというか」
友人「そうか〜?」

友人の「人に言える基準」がよくわかりませんが、私もそこまで突き抜けたい。
○○(←例の変わった趣味)は、他人が何と言おうとそれが好きなんだ、好きで何が悪い!…って感じなのかな。

私の場合、自分の中で、ここまでは人に話せるけどここからはちょっと……みたいなボーダーラインを作ってしまっているんですね。
なんでそんなことしているかというと、やっぱり人からヘンだと思われたくない気持ちがあるからだよなぁ…とこの本を読んでいて思いました。

「どこにでもいる人」なんていない。

なんでヘンに思われるのがいやなのか?

普通に思われたいから。
でも「普通」って何なのか? 普通の定義なんてあってないようなものだ。
「どこにでもいる人」なんて実はどこにもいない。
みんなどこかちょっと(かなり?)変わったところがあるもの。
…と思えばそんなにヘンと思われることを恐れることもないのでは。

これが学校だったりすると(もしかして職場でも)、人と違うことでいじめの標的になるかもしれませんが、そもそもいじめなんていじめるほうが100%悪いし、自分の趣味を悪く言ってくる友人なんてそんな友人だったら離れてくれたほうがいいと思います。

好きなことを話すことで、それに共鳴してくれる人が寄ってきてくれるのです。


好きなことを好き! と勇気を出して言ってみる

私はちょっとした自分の好みを言うことにもけっこう抵抗がありました。
好きな芸能人とか、作家やアーティストなど、冒頭に書いた友人の変わった趣味ほどではないのに、なかなか人に言うことができませんでした。

「できない」というか、正確に言うと、このコミュニティでは言えるけど、別のコミュニティや職場では言えない、というように場所によって言えないことがあるという感じです。

まぁ全部が全部言う必要はないのかもしれませんが、言わないことでコミュニケーションの幅を狭めているかもしれません。
話してみたら実は私もそのアーティスト好きだった、って話が盛り上がるかもしれないし、へーその作家さん好きなん?じゃあこれも読んでみたら?って言われたり、これが好きなんて意外、とか親近感を持ってもらえることもあるかもですよ?

いろんなことの好みをあんまり人に言わないからか、よく「ナゾ」とか「つかみどころがない」と言われてきました。
人生でいったい何回言われているだろうこの言葉。
身内に言われたこともあるからな。どんだけナゾめいているんだよ自分。

そういえば過去にもこんな記事書いていました。なんか似たようなこと書いてますね。

こないだ試しに職場で「村上春樹が好き」って話をしてみました。
言う前は、けっこう緊張しました。何なんでしょうねこの緊張…。そういえば春樹が好きなんて職場だけでなく他でもあんまり話してこなかったような。
でもいざ話してみると、引かれたりなんてことはなく、どんなところが好きなん? おすすめの本は? みんなおすすめの本ってある? …などなど、話が広がって、この話をしてみて良かったです。
これからも少しずつ、できる範囲で自分をオープンにしていきたいなと思いました。
話さないと自分のことを知ってもらえないし、おたがいどこか警戒心がとけないままです。

友人の、ドン引きされても堂々としているそのメンタルを見習いたい。