日々、旅、あそび。

ふだんの暮らしのアイデアメモ。持ち物、食生活、服、読書などのライフログです。

「素(す)のコミュニケーション」の形は、自分がどう在りたいか。

自分の軸を「好かれたい」から変える

昨日、自分の趣味を人にドン引きされようが堂々としている友人のことを書きました。

本の内容で他の良かったところを書ききれなかったので、続きを書いていきますね。よければお付き合いください。
「素(す)」で人と付き合うというとなんだか難しそうですが、そんなに構えることもないんだなと思えました。


どんなふうに「素」を出していけばいいのか

はたして自分は「素」の状態で人と付き合えているのかよくわかりません。「素」っぽい気もするし、そうでないときもある感じもするし……。
そもそも「素」ってどういう状態なの? という疑問が。

どんなふうに素を出していけばいいかわからないなら、自分の

「シンプルな軸」

を持つことを心がけるといい、と著者のワタナベさんは書かれています。

「シンプルな軸」を持つとはどういうことかというと、人付き合いにおいての軸を「他人から好かれたい、良く思われたい」から「自分がどうありたいか」にすること、だそうです。

本書で挙げられている例だと、
・周りの人の笑顔を大切にしたい
・色んな経験をして人間として成長したい
・誠実な人でありたい

など。シンプルでOK。
本当に大切にしたいことを心がけることで、素に一歩近づきます。

「私」を主語にする

伝えづらいことを話すときって、どう言ったらいいか悩みますよね。
相手を傷つけるかもしれないし、失礼になるかもしれないし。
何も言わないことで後から事態がこじれたり。

例えばバーベキューに誘われたけど行きたくない場合。

「バーベキューなんて、行って面白いの?」(攻撃的)
「バーベキュー誘われたけど、行かなくていいよね?(受動的)
「バーベキューって素敵ね(でも行かない)」(欺瞞的)
どれも、相手に対してどこか距離を置いた話し方で、相手はどのようにあなたに接したらいいか、考えてしまいます。
(中略)
コミュニケーションのもつれは、お互いに対する情報量の不足が原因で起きるものです。
…『素のコミュニケーション術』P.111、112より 

「私は行きたくない」ということを相手の気持ちに配慮しながら伝えれば、お互いイヤな気持ちにならずに意思疎通ができます。
「あいにくその日は予定があるんだ、また誘ってよ」
「ちょっと体調がよくないんだ」
「悪いけどあんまり気がのらないんだ」…など。
(本当は予定がないことだってありますが、そこは嘘も方便ってことで)

もし誰かにイヤなこと言われたときも、
「なんでそんなこと言われなあかんの!?」ではなく
「そんなふうに言われたら私だって傷つくよ」
…って伝え方ができたらいいんだな。

距離感のとり方は、人によって違う

人との距離感は、近すぎるとなれなれしいし、遠すぎるとよそよそしいと感じます。
この中間を狙うわけですが、距離感って人によって全然違ったりしますよね。

私の場合、そんなに親しくなってないうちから(物理的にも精神的にも)急激に距離を詰めてこられるとちょっと引きます。

以前、初対面でやたら距離を詰めてくる人がいたのですが、さりげな〜く、数ミリ、数センチずつ離れるようにしてもまた近寄ってくるんです。
話の内容も初対面でそこまで!? と思うぐらいぶっちゃけた話だった……。
(結局、この人とは疎遠に)

手書きイラスト
それとか、ちょっと深めの話をしただけで「心が通じ合ったと思ったよ♡」って言われたことがあるんですが、「(そんな簡単に通じ合った気にならないでくれよ……)」と内心思いました。(←もちろん本人には言ってませんが。)

深い話をしたり本音を言うことって、心を開くことや通じあうことと必ずしもイコールじゃないんですよ。少なくとも私の場合は。
ただ単にそういう話や本音を言うという「行為」のひとつであるというだけ。
通じあうきっかけになることはあると思いますが。
本音を言って無条件に心が通じあうというわけではないです。

これって誰が悪いとかいう話ではなく感じ方やパーソナルスペースの広さが違うってだけの話なんですよね。
それが双方で異なるからすれ違いが起こる。


私は近寄ってこられる側だけでなく、こちらから距離を詰めていく側になるのもそんなに得意じゃないです。
なんか……慎重になりすぎてしまうんですよね。
こんなこと聞いてみたいけど、聞いたら失礼かなぁとか。あんまりプライベートなこと聞くのもどうかなぁ…とか。
気ぃ遣いすぎやで! って言われたこともあるので、距離感を測るのにおそるおそるすぎ、考えすぎなんだと思います。

相手との距離感は、相手にまかせる

話がそれてしまいました。
「素」でいる人は、ズケズケ距離を詰めるわけではなく、慎重に距離を測るのでもなく、どちらでもない。

「常にオープンにしていて、あとは相手に任せる」

……と書かれていたんですが、でもそれってどういう感じなの?という疑問が。

例として挙げられていたのが、2人で車に乗っているとき。
相手が初めからずっと黙っている場合、沈黙が苦手な人はどんな話題を振ろうか頭の中であれこれ考えるかもしれません。
そんなとき素の人はどうするかというと、無理してしゃべらない。気負わない。
なぜなら相手のペースに合わせているから。

……ふむふむ。(本文と多少言い回し変わってますがだいたいこんな感じのことが書かれてます)

しばらく黙ってても何かの拍子で会話が始まるかもしれないし、そしたらしゃべればいいし、会話が途切れて沈黙ができても無理やりその状況をどうにかしようとしない。
流れにまかせる。…って感じなのかな、と私はとらえました。
ありきたりな言葉になってしまいますが、自然体でいること。

相手のペースに同調すること、それも気を遣ってするのではなく、感じたままにそうする。
自分がどう見られるかは脇に置いといて、相手を見ること。

相手が近づいてきたら、そのときにはいつもと変わらない自分を見せること。
相手がなかなか距離を詰めてこないなら、無理して近づこうとしないこと。


うん、昨日書いた友人は、たしかに自然体だなと思いました。
なんだかまとまりのないまとめですが。