自分は人を見る目があると思っているけど実際は全然ない人から、心を守るために。

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箕面の滝道

相手がなぜその行動や発言をしたかなんて、なんとなく「こうかな」と思うことはあってもそれは想像でしかないということは忘れてはいけない。

独断で人のことをわかったつもりで説教してくる奴の言うことなんて聞く必要ない

以前に職場で、とある仕事を私が「仕事」としてとらえず「作業」ととらえて適当にこなしているという説教を先輩から受けたことがありました。
作業なんてまったく思っていなかったし、適当になんてやっていないし、なんでそんなこと決めつけられなあかんねんと思いましたが、そう見えてしまう何かがあったのかも、とも思いかなりヘコみました。
今思い出しても嫌な気持ちになります。

この仕事を「作業」ととらえてやっているのか、「仕事」ととらえてやっているかなんて見ただけではわからないですよね?

人の腹の内なんてそんなに簡単に読めるわけないやん。

要領わるいやり方していて、こいつはきっとただの「作業」としてやってるんだろうなとか仮に思ったとしても、それは想像でしかないですよ。
要領わるいから適当にやってるとか、頭がわるいだとか、短絡的じゃないですか?

そこで「『作業』じゃなく『仕事』をしろ」なんて説教を繰り出されてもこっちは「はぁ?」ですよ。
この出来事だけじゃなくて他にもありましたが…。
そんな説教繰り返していたらそりゃ嫌われますよ。
しかもこういう思い込んでいる人って、自分の感覚が正しいと信じきっているから反論しても全然話が通じなかったりします。

自分は人を見る目があると信じていて、実際はまちがった認識をふりかざしているだけですからね。

しかも、自信満々に言ってこられると、だんだん「私がまちがっているのかもしれない」「自分にも落ち度があったし…」って思えてくる。
しだいに「今度は何を言われるんだろう…」とびくびくしてくる。

 

以前職場にこういう先輩がいたんですが、真に受けているとかなりメンタルやられます。
もし身近にこのタイプの人がいたら、できれば距離をおきたいですがそうもいかないこともありますよね。
自分の心に見えないバリアを張る感じでいると良いですよ。
絶対あんたの言うことに影響受けてやるもんか、って。

でも私めっちゃ影響受けてヘコんでしまってましたけどね……。

こうすればよかったと思うこと

毅然とした態度をとること

そういう嫌なことがあっても、ふつうに感じよく笑顔で振る舞うことがオトナのマナーだと思っていたのでそうしていました。
でも、そこまでしなくてもよかったのではないか? と今になって思っています。
イヤという態度を露骨に出すまではいかなくても、業務に支障がない程度にもっとクールに接していてもよかったのではないか、と。
見かたによっては媚びているように見えていたかもしれない。
結局、「コイツは何言ってもいけそう」と付け入る隙を与えていただけでした。

「それは本当にそうなのか?」と疑問を持つことを忘れない

つい相手の言うことにのまれそうになりますが。
「それは本当にそうなのか?」と疑問を持てれば、それは絶対そうとは言い切れないのでは? 何を根拠に言ってるの? と思えて、言われたことを真正面から受けずにすみます。
自分を知るって言ったほうがいいのかもしれない。

自分はそんな適当なことする人間じゃない! って自分でわかっておけば、
「なんでそんなこと言われなあかんねん」「そんなこと言われる筋合いないわ」って思えます。

けっこう長い年月をかけて、徐々にこれができるようになってきました。

もしいつかまたあんな奴に出会ったら、今度はもう大丈夫だと思います。
(ちなみに例の先輩はもう会社辞めた)
というかその人から距離をとるようにするかな。

まとめ

相手の発言を「こういう心理からだろうな」「こんなこと考えているんだろうな」とか心の中で思うのは自由ですが、それはちがうかもしれないってことを忘れてはいけない。

私も、例の先輩のような態度を人にとらないように気をつけよう。