飲み会したからって仲良くなれるわけじゃない、という私のボヤキ

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飲み会というものは何のためにあるんだろうと思うことがある。
親睦を深めるために、お互いを知るために飲もーぜ! という会。あれはわからない。
新入社員歓迎飲み会をはじめとする会社の飲み会とか、
部活やゼミの新歓コンパとか、
職業訓練のクラス全体の飲み会とか(←コレあったんですよね…だいぶ前に職業訓練通ってたときに)。

「仲良くなるために」「お互いを知るために」飲み会をするというのが「なぜに?」と思ってしまう。
一緒に飲んだら仲良くなる??
そんなことないと思うけどな。
そもそも、仲良くならないといけないのか?

飲み会が嫌いというわけではないけれど(でもどんなメンバーが集まるかにもよる。あんまり盛り上がっていない人を「暗い」とか言う奴がいる場は嫌だ)好きとも言い切れない。

飲み会をする意味って何なんだ

飲み会がきっかけになって仲良くなることも、あるかもしれない。
けど私の場合、これまで飲み会がきっかけで誰かと仲良くなったことは皆無だ。
誰かと仲良くなるきっかけってもっと別のところにある。
その「別のところ」というのは相手による。そのときにもよる。
なんでかわからんけどいつのまにか仲良くなっていたり。そんなもんじゃないかな。

そういう飲み会って、お互いをよく知れるような話ってできなくないですか。
イベントごとやセミナーとかの懇親会もそうなんだけど、懇親会で「懇親」があんまりできない。表面的な会話に終始してしまって。
まぁ私がそんなにコミュニケーション上手じゃないのはある。
上手じゃないというか、限りなくコミュ障寄りの人間やと思うわ。

でも、そのことを差し引いても、懇親会や会社の飲み会、学校がらみの飲み会って、お互いそんなに仲良くなれるもんではないと思うけどな。

表面的な和やかな会話ならいくらでもできるんですよ。
そこからさらに一歩踏み込んだ仲になれないんです。
これって誰が悪いとかいうハナシではなくって、…なんだろな。
その場に集まっている人が必ずしも気が合う人というわけではないってことだと思います。
むしろ合わない場合のほうが多い。合わないほうが普通。

盛り上がらない飲み会

なんでこんなこと書こうと思ったかというと、最近、あんまり盛り上がらない飲み会がありまして。
この現象は、なんでだろーなー、と考えてたんです。
考えてどうこうしたいってのは別になくて。盛り上げたいとかもなくて。
ただ単に考えることそのものが楽しくて考えてるだけです。あとはこうして文章に書くことが楽しくて。

その飲み会では盛り上がっていなくても、みんなそれぞれ気が合う人とのコミュニティでは盛り上がっているんだろうなと思う。まあ当然よね。
かく言う私もそうです。
この場ではおとなしくしてても別の場では別の顔を持っている。

で、なんで盛り上がらないのかというと、お互い何をしゃべっていいかわからんのよね。

この場では話したくないこともあったりしますしね。
たとえば友達には自分がコスプレを趣味にしてるってことを言えるけど職場では言えない、みたいな。(コスプレが趣味なのは私のことじゃないですよ。)
場によっては見せたくない自分の一面がある。

ところで「気が合う」ってどういうことだろう。

性格が合っている? 趣味が合っている? 年齢が近い?
どれもちがう。
いま仲良くしている友人を思い浮かべると、性格は私と全然ちがうし(そりゃそうだ)、趣味もちがう。
年齢は近いこともあればそうじゃないこともある。

たとえば相手と同じ作家が好きだとして、それだけでは仲良くはなれないと思う。
きっかけにはなるかもしれんけどね。

書いてて自分でもよくわからないです。
「気が合う」の「気」って何なんやろ。
ノリとか方向性とか、そんな感じかなぁ。生き方、とまで言うと大げさか。
うまく言えないけれど、根っこにある「何か」が似ている人と距離が縮まっていくんじゃないかと思う。その部分が違う人だと、距離が縮まっていかない。

この「気」「何か」だけでもう1記事分にはなりそう。
と言ってもその正体をはっきりわかっているわけではないです。
もうちょっとまとまったら書きたいです。まとまらなくても書くかもしれません。

気って…なんなんでしょうね。わからんような、わかるような。でもやっぱりわからん!
でもこういう「気」ってすごく興味あります。

飲み会のボヤキなのか気のハナシなのか、なんだかわからなくなってきたところで、今日はこのへんで。(できたら続きも書きたいです。書けるだろうか…)